読んでもよくわからない本のはなし

 世間的には、あるいはまはりの人には評価が高いけれど、私にはわからない本といふのはある。小谷野敦小池昌代と対談して『この名作がわからない』(二見書房)を出した。全体的に小谷野のわからない小説をわかる小池が説明する体裁でおもしろかったのだが、立場を逆にして、小池のわからない小説を小谷野が説明することがあってもいいと思った。
 私がいままで読んでわからなかった小説には、『星の王子さま』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『恐るべき子供たち』などがある。

 『星の王子さま』の原題はフランス語でLe Petit Prince、すなはち「小さな王子」だが、内藤濯が岩波から「星の王子さま」の題で出し、そのまま定着した。翻訳出版権が切れたあとは新訳がどっさり出て、みすず書房や光文社新訳文庫などでは「小さな王子さま」と訳し、池澤夏樹集英社文庫から新訳を出し(あとで『知の仕事術』集英社インターナショナル新書)に、フランス語はしゃべれないが辞書を片手に翻訳したと書いた)、斎藤美奈子は各訳を比較した。つまりそれなりに盛りあがったのである。それより以前のことだが、北杜夫は「私の一冊「星の王子さま」」でべたぼめしてゐる新潮文庫『見知らぬ国へ』所收)
 私は中学生の頃に新潮文庫の河野万里子訳『星の王子さま』を買った。ほかの版元の文庫の、サン=テグジュペリによる挿絵は白黒なのだが、新潮文庫はフルカラーだったから買った。けちなのかなんなのか。しかし翻訳がよくないせいか、どうも終りにある毒蛇との会話が不明瞭で、なにを話してゐるのか文脈がよくわからないのである。さらにストーリーがおもしろいわけでもなく、かといって感動もしないのだ。ほめる人が多い割にはよくわからないと言ふしかない。
 宮﨑駿はサン=テグジュペリを評価してゐて、新潮文庫の『人間の土地』に「空のいけにえ」といふ文章を寄せてゐる。もっともこれはたんにかれが飛行機好きといふことなのかもしれないが、私は『星の王子さま』を読んでも意味不明なばかりでサン=テグジュペリがなにかすごい作家だとは思はなかった。だから丸谷才一が『文学全集を立ちあげる』(文春文庫)で、そんなにえらいの?と言ってゐて溜飲が下がった思ひがしたものだ。

【追記 2022年4月29日】
 かういふ本があるのを小谷野敦のツイートで知った。

 どうやら安冨歩のこの本は読んで困るさうだ。しかしこれを知ってもますます『星の王子さま』が子供向けではないと痛感するばかりで、第一子供に解るはずがないし、やはり大した小説ではないといふ評価を強くした。

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