淫靡な図書館(1)

 小学生の時に地元の図書館で同級生の弟たちに会った。下村と瀬田といふふたりの、それぞれの弟らは、図書館の白くくすんだ受付で漫画はありませんかとたづねて、緑色のエプロンのをばさんに、ない、と返された由だった。ふたりは退屈さうにしてゐた。隣の区では書架に漫画を入れてゐるのだが、ここにははだしのゲンぐらゐしかない。そこで私は三階へ行き一册の本を取ってきて、みんなを二階の飲食コーナーに坐らせた。

 この『ロボットマンガは実現するか実業之日本社は、以前私がドラえもん目当てに探し当てた本である。ほかにも鉄腕アトム鉄人28号エイトマンマジンガーZゲッターロボロボット刑事機動警察パトレイバーを收録してゐる。
 やはり子供ながらに印象的だったのは、手塚の鉄腕アトムである。收録されてゐる話には電光人間と呼ばれる、全身ガラスでできた透明なロボットが登場する。光で屈折させないと姿が見えず、悪い連中にさらはれて強盗を働いてしまひ、まだ善悪が判らずにゐる電光はアトムと悪者のスカンクのはざまでもがき苦しむ。
 当時私は、この善悪の判断がつかない無垢な電光に女性的なものを感じた。
 ほかの漫画のロボットたちはあまり記憶にない。どれもアトムやドラえもんにくらべると戦闘用として体格がよく、人間によって操縦される側なので、人間的なところが少いからだらう。
 さて話をもどすと、私は意気ごんで鉄腕アトムをかれらに見せたのだったが、幼いふたりはいかにも退屈さうに腕を机の上に投げ出しながら、ちがふことをしようよと提案した。よく憶えてゐないが、そのあとふたりとは別れた気がする。
 私は漫画のほとんどない区にゐながら、その例外をほかにも見つけてゐた。
 たとへばいつも三階へ行って日本史のコーナーをのぞくと、刺戟的な漫画が置いてあった。石ノ森章太郎の『マンガ日本の歴史中央公論社である。いまは文庫になってゐる。

 この第1巻『秦・漢帝国と稲作を始める倭人』は相当扇情的で、をはりの頁に古代日本の、村全体でいりみだれて馬乗りになったりしてゐる乱交が描かれてゐた。以前Twitter石ノ森章太郎の日本の歴史と検索したら、インスタント・マギの青木潤太朗のツイートが流れてきて、思はず苦笑してしまったことがある。

 ほかにも別の巻で、スサノヲによって陰部を突いて死んでしまった機織女といふ、古事記の逸話を描いてゐたのが記憶に残った。
 これで思ひ出すのは、私が茨城に住んでゐた頃に中央図書館で読んだ漫画で、おそらく手塚ではないかと思ふのだが、徳川時代あたりの男の子と蛇の話だ。経緯は忘れてしまったがおそらく子供の恩義を感じて、蛇が女の姿になる。着衣を身につけてゐないので裸体の恰好ではじめ出てくるのだが、人目についてもうまい具合に蛇に戻って姿を隠す。最終的には男の子が熱を出してうめき、盲になってしまひ、人身の女はそれを見かねて自分の眼を子供の眼と交換して、子供の前から姿を消してしまふ。
 私はこの漫画をいつかもういちど読んでみたいと待望してゐて、しかし誰のなんの漫画だかわからないのが惜しかった。