ヶとは何か

 ワンセグをつけたらフジテレビの林修のニッポンドリルといふ番組の再放送があって、ちょっと見てみた。日本語についての問題を芸人らが考へて林が解説する流れだった。
 「一ヶ月などのヶは何か」といふ主旨の問題があった。千鳥のノブや麒麟の川島が当てずっぽうに大喜利回答をするなかでモーリー・ロバートソンが答への核心をついてゐた。ヶは竹冠の片方に見える。一ヶは一箇とも書くから、もともとは箇だったものが省略されて、竹冠の片方のヶになったのではないかと推論したのである。
 これは実際にある説なのである。『大野晋の日本語相談』河出文庫の「一ケ月の「ケ」はなぜ「か」と読む?」に同じことが書いてある。
 一方、図書館に行って日本国語大辞典第二版小学館にあたったら、箇・個と同じ助数詞である「个」がヶになった説を採用してゐた。どうやらその説のほうが主流らしい。むかし読んだ漫畫の、蛇蔵&海野凪子の『日本人の知らない日本語3』メディアファクトリーでも「个」由来説を採用してゐた。もっとも『日本人の知らない日本語』は参考文献に『大野晋の日本語相談』を挙げてゐる。第2巻でも形容詞「緑色い」について、大野の本に詳しい説明がある(「「白い」「黒い」は生まれた時代を反映」)と書いてゐたから、大野の「个」についての見解は踏まへてゐるのだらう。

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〘接尾〙
① 「箇所」「箇条」「箇年・ケ年」「箇月・か月」「箇日」などの形で漢語の数詞につけて、物事を数えるのに用いる。「ケ」「カ」は小さく「ヶ」「ヵ」のように書くこともある。「ケ」は一般には片仮名と理解されているが、じつは漢字「个」の変形。「个」は「箇」の略字で、中国では古くから用いられた。「個」は中国では「箇」と同音・同義。前に来る数字のうち「四」は現代では「よん」と言うが、古くは「し」と言った。「七」は古くは「しち」とのみ言ったが、現代では「しち」「なな」の両方の言い方をする。

 しかし大野は、物を数へる際に「个」を用ゐた例が奈良時代平安時代前期の日本の文献に見当らないと書いてゐる。(「再説「一ケ月」のケについて」)私はくはしくないから知らないのだが、「箇」由来説は否定されたのだらうか。

 話を戻すと、私はこのことを知ってゐたからモーリーさんはさえてるなあと感心した。当然林先生も解説で触れるだらうと思ってゐた。しかし解説ではヶは漢字ではなく記号だと言ひ出し、しかもまったく由来には触れなかったのである。「一ヶ月などのヶは何か」の答へが「記号」では、まったく解説になってゐない。だいたい漢字にかぎらず文字そのものが記号なのは自明である。しかもこれは林の知識ではなかった。といふのは、解説の最初に、これは大学の先生の監修のもとにある旨を言ってゐて、だから林は他人の解説を読み上げたにすぎない。私は呆れてしまった。
 現在、林修のニッポンドリルは日本語の解説などせず、企業商品のすごさを宣伝する番組に転向したやうである。私は溜飲が下がる思ひだった。